計算がきり開く世界

 先月の始め頃、毎日新聞の書評欄で養老孟司が森田真生『計算する生命』(新潮社)という本を取り上げ、<読み終わって、評者自身はまことにすがすがしい思いがあった。純粋にものを考えるとは、なんと気持ちのいいことか。> と書いていたので、どんな本だろうと取り寄せて読んでみました。  著者の森田真生は 1985年生まれの在野の数学研究者で、2015年、『数学する身体』という著書で小林秀雄賞を受賞しています。今回の本は、<指を折って数えるところから、知的にデータを処理する機械が偏在する時代まで> の計算の歴史をたどり直すという内容です。  数学とか計算といっても、若い頃の受験勉強や実験結果の統計処理くらいで、長いブランクがあります。この間、計算といえば専ら電卓のお世話になるばかりです。乏しい数学の知識を補充し、21世紀の計算の片鱗でも窺えればいいかと読み始めました。  紀元前300年頃のギリシャのユークリッド幾何学が、 (1) a=b  (2) b=c  (3) ゆえにa=c という証明の論理とともに、12世紀になって、ルネサンスの西欧にもたらされたそうです。この演繹的証明法はカトリック教会の神聖な秩序の規範として、その世界観にも合致したようです。  そもそも「数」とは何か?、は時代によって変化するようです。17世紀、フランスのパスカルは『パンセ』の中で「ゼロから4を引いてゼロが残ることを理解できない人たちがいる」と苦言を呈しているそうです。彼には「負数」という考えがな…

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唄がよみがえる

 何ヶ月か前、朝のテレビを見ていると宮本浩次という人が出てきて、むかし岩崎宏美が歌っていた「ロマンス」(阿久悠作詞・筒美京平作曲)を唄い出したのを聴いて、驚きました。声に込めたエネルギーの大きさに、コトダマに揺さぶられる気がしました。やや異様なスタジオでの挙動もふくめ、この人は誰なんだと興味がそそられました。  わたしは知りませんでしたが、「エレファントカシマシ」というグループのボーカルとギターを担当しているそうです。コロナ禍で公演ができないので、自分が若い頃に聴いた曲のカバー曲集を作ったのだそうです。  ここ二十年ほどまえから、日本でもカバー曲がよく聴かれるようになっています。アメリカでは以前から古い曲をいろんな歌手が唄い継いでいます。コール・ポーターとかジョージ・ガーシュウィンといった作曲家の名前とともに、スタンダードと呼ばれる曲がたくさんあります。カバー曲が流行るようになったのは、それだけ日本の歌謡曲が成熟してきたんだと感じます。  岩崎宏美といえば、彼女も2003年から「Dear Friends」というカバー曲集をシリーズで出し続けています。調べてみると最近「Dear Friennds VIII」というのが出ていました。昨年亡くなった作曲家、筒美京平トリビュートということです。昭和50年の彼女のデビュー曲は彼の作曲だったそうです。今回、60歳になった彼女が歌っている曲の多くは 70年代のものですが、案外、知らない歌がほとんどでした。意識的にそんな選曲にしたのか…

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本箱の隅で

 長年、本箱の隅に立っていた小林秀雄『本居宣長』(新潮社)を読んでみようと取り出して眺めてみると、昭和52年10月に出版されており、買ったのは翌年3月で既に12刷でした。607頁の大部で4000円もする本がよくもたくさん売れたものです。  YouTubeで小林秀雄の講演を聴いてみると、まくらで鎌倉の行きつけの鰻屋のおかみさんが『本居宣長』を買ったので署名してくれと出してきたと言ってましたが、それほどよく売れたのでしょう。  講演では内容を簡単にしゃべってくれと言われますが、そんなことはできゃしません、読んでもらわなきゃ、と語っています。それはそうでしょう。彼は「本居宣長」を昭和40年から12年間にわたり「新潮」に連載してきたのです。簡単にしゃべられる訳がありません。  とりあえず1日20頁ほどずつ、家内に朗読してもらって聴くことにしました。目をつむっていると、家内がすぐ「この字は何と読むの」と訊いてきます。古文や漢文の引用が多く、見たこともない漢字や旧字体の連続です。そのつど家内はiPhoneで検索するようになり、そのうち予習しておいてくれるようになりました。  どうにか1ヶ月で読みきりました。読み終わって最初に戻ってみると、今度は案外とすらすらと読めるようになっていました。何事にも馴れがあるのでしょう。ただ小林秀雄のうねるような文体に馴染むには時間がかかりました。現代にはこんな文章を書く人は稀でしょう。要旨はやはり簡単には書けないようです。  <…

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プロ野球の楽しみ

 プロ野球もセ・パ交流戦となり、普段観られない顔合わせが楽しめます。昨日の甲子園でのタイガース・バファローズ戦もタイガースの話題の新人、佐藤輝明のホームランが見られました。力強いスイングで迫力がありますが、まだ少し荒削りな感じを受けました。  試合は3ー2とタイガース1点リードの5回表、バファローズは2死、走者なしで、9番の投手・山崎福也の打席。普段、パ・リーグの投手は打席に立たないのですが、山崎は見事に2塁打を打ち同点に繋がりました。  山崎福也は日大三高時代、第82回選抜大会(2010年)の準優勝投手でしたが、大会中13安打を打ち、選抜で1大会の最多安打記録なんだそうです。打たれたタイガースの投手はこんなこと知ってたでしょうかね。  因みに第82回選抜大会の準々決勝で山崎の日大三高は敦賀気比高校に勝っていますが、敦賀気比には、いまバファローズでチームメイトの首位打者・吉田正尚がいました。吉田は山崎に無安打に抑えられたそうです。  また、バファローズの同僚といえば日大三高の準決勝の相手の広陵高校には福田周平がいて、決勝戦の相手の興南高校には大城滉二がいました。昨夜は2010年の甲子園組が久しぶりに思い出の甲子園に集ったことになります。  いまや吉田正尚は日本を代表する打者です。飛び抜けた高打率と三振の少なさが際だっています。昨日のタイガース戦でも5打数3安打2打点です。  吉田正尚は青山学院でいま同僚の杉本裕太郎の2年後輩で、今と同じく…

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