記憶の水路

 今日は東大寺二月堂のお水取りです。関西ではお水取りが過ぎると、春が実感されます。やっと明日からは暖かくなることでしょう。



 十五年ほど前、ちょうどお水取りの日に、東大寺の近くで集まりがあったのですが、会場の外に出てみると、夕暮れで、雪が吹きつけ、二月堂まで上がって行く元気はありませんでした。



 たしか、白洲正子『かくれ里』には若狭の遠敷川から、東大寺の「若狭の井」への水送りの儀式というのが書かれていた記憶があります。お水取りの井戸は若狭につながっているそうです。



  水取りやこもりの僧の沓の音 (芭蕉)

     (氷の僧とするのが真蹟のようですが・・・)



 最近、わたしの本を読むスピードが遅くなっているので、家内が朗読してあげるから、聴いてなさいといって、池内紀『記憶の海辺』(青土社)を読み出しました。そんなことが可能なのかといぶかっていましたが、355ページを五日ほどで読んでしまいました。眼のよいひとにはかないません。



 眼をつむって聴いていたので、なにか読書という感じがうすく、内容も頭へ定着しにくいようです。それでも池内紀の生い立ちから、カフカ全集を訳しおわるまでの経緯が物語のように楽しめました。



#「白洲正子『かくれ里』のこと」https://otomoji-14.seesaa.net/article/2014-09-16.html

この記事へのコメント

  • middrinn

    355ページも朗読して下さるなんて、
    なんて素敵な奥様でしょう( ̄◇ ̄;)
    2018年03月12日 20:22
  • 爛漫亭

    注意して聴いていないと、ときどき漢字のよみを間違えます。
    2018年03月12日 21:04