フランスの公爵さま

  本箱を眺めていると、ラ・ロシュフコオ『箴言と考察』(内藤濯訳 グラフ社)という本が目にとまりました。1983年3月に買っています。猛暑の午後、ページを繰っていると、いろんな箴言に苦笑させられます。



 <精神の疵(きず)は、顔の疵と同じように、年をとるにつれてひどくなる。>



 たしかに、年とともにデフォルメされた似顔絵のように、性格が強調されていくような気がします。頑固になったり、怒りっぽくなったり、だらしなくなったり。人は年齢を重ねて円熟するというのは幻想なんでしょうか・・・。年譜をみるとラ・ロシュフコオは戦争で顔面を負傷していたようです。



 <大きな欠点をもつことは、偉い人間に限られていることだ。>



 よい人、人間のできた人と思われるような人はあんがい、大業は成し得ないようです。傍にいたくない、一緒に仕事はしたくないと思われるような人こそ可能性がある。全部ではないにしても。



 <弱い人は、率直であり得ない。>



 ごもっとも。



 <優しそうに見える人は、通常、弱さだけしかもっていない人だ。そしてその弱さは、わけなく気むずかしさになり変わるのだ。>



 好々爺然としていながら、気難しいのは、年老いた弱さに起因するのか。これは男性にも女性にも当てはまるのだろうか?



 <老人は好んでよい訓(おし)えを垂れるが、それは、もう悪い手本を人に見せることが出来なくなったことを、みずから慰めようとする所存からのことである。>



 そうかも知れない。もう善人にでもなるより他に、身の処し方が無いのかも知れません。



 こんな箴言(しんげん)が 641段も並んでいますが、意味がよく分からないものも多数あります。訳のせいなのか、こちらの理解力が足らないためか。よく知られているものとして <太陽と死とは、じっとして見てはいられない。> があります。



 ラ・ロシュフコオ(1613-1680)は日本でいえば慶長 18年、大坂冬の陣の前年に生まれたフランスの貴族で軍人。フロンドの乱などに関与し負傷。1665年『箴言集』を刊行しています。



 訳者の内藤濯は明治 16年、熊本生まれ。柳川伝習館中学校で北原白秋と同級だったそうです。明治 40年、東京帝国大学フランス文学科入学。昭和 14年に白水社より『ラ・ロシュフコオ箴言集』を出版しています。昭和 23年、同書を改訳し『箴言と考察』として岩波文庫に入れています。昭和 28年のサン・テグジュペリ『星の王子さま』(岩波少年文庫)の訳出はよく知られています。昭和 52年歿(94歳)。昭和 58年、岩波文庫『箴言と考察』の絶版にともない、同書が一部改変のうえグラフ社より刊行されました。



 フランス文学者の田辺貞之助がグラフ社版の巻頭に内藤濯について「何事にも律気で実直でけじめを正すことをのぞみ、したがって癇癖であった先生が(後略)」と書いているのを読むと、訳者の人柄がしのばれ、上記の箴言を鑑みて、微笑ましく思われます。



この記事へのコメント

  • さっかん

    しんげんという読みに行き着くまで約10分かかりました。フー。
    いましめの言葉ですか。私にとっての箴言はなんだろう。と思ってもう一度読み返したら、読み仮名を書いてくれていた。もう一度フー。
    漢字難しいなあ。
    2020年08月12日 21:00
  • 爛漫亭

    明治の人の言葉づかいは堅いですね。
    それでこの岩波文庫は絶版になって、
    新しい訳のものに変わったのでしょう。
     それでも「そうだよな・・・」と納得
    する言葉が多々あります。暇になったら
    新しい訳でどうぞ。
    2020年08月12日 22:01