唄と思い出

先日、テレビで「のど自慢」のグランド・チャンピオン大会というのをやっていました。毎週のチャンピオンから13人を選抜して競わせるというものです。


 さすがに皆んなチャンピオンだけあって、声も良く音程も確かでした。ただ唖然としたのは、わたしが13人の唄を1曲も(!)知らなかったことです。「のど自慢」大会で歌われる楽曲なので、それなりに流行った唄なのでしょうが、まったく聞き覚えがないので、原曲の歌手との比較もできません。


 こんなに流行歌の世界からはずれてしまっていたのか! と愕然としました。ちなみに家内は2曲知っていたそうです。振り返ってみれば、わたしも 1970年代までの唄はだいたい知っているのですが、80年代になると、どうも感じが違うなと疎遠になり、90年代以降は関心が無くなりました。


 そういえば、わたしは80年代から古い音楽に興味をおぼえ、CDを集めるようになったのでした。90年代には一時、ラテン音楽のとりこになった時期もありました。それにしても1曲も聞き覚えがないとは、憮然たる思いです。


 唄というのは人々の思い出にからまっています。本を読んでいると、唄が生活に深く関わっている場面に出会うことがあります。たとえば、作家の森まゆみ*は、子どもの頃に「潮来花嫁さん」という唄が流行っていて、「舟で嫁ぐ」というのが印象的で、大人になってからも一度、潮来(いたこ茨城県)へ行ってみたいと思っていたそうです。< 子どもが三人になって、勉強中の夫にかまってもらえなかった正月、私は潮来へ出かけることにした。(中略)/潮来の簡易保険センターに泊まった。正月だというのに四日すぎだったせいか、広い風呂にも人影はない。八歳、五歳、二歳の三人の子どもをつれて宿代は大人一人、、小学生の子ども一人分で船盛りを頼んでも総計一万円少しだった。いや、お金がないのでそのように頼んだのだった。一枚の布団に四人で寝た。> と思い出を書いていました。リアルに生活の細部が窺える挿話です。


 ♫ 潮来花嫁さんは 潮来花嫁さんは

   舟で行く

     月の出潮を ギッチラ

  ギッチラ ギッチラコ

  人の噂に かくれて咲いた

  花も十八 嫁御寮



 流行歌とか歌謡曲という言い方は現代では通用しないのかも知れませんが、唄を聞けば、わたしも個人的な情景が思い浮かびます。人であったり、場所であったり、出来事であったり・・・。とすれば 90年代以降は流行歌がわたしの思い出に関わることが無かったことになります。それもなにか味気ない気がします。



森まゆみ『昭和ジュークボックス』(旬報社)



昭和ジュークボックス (ちくま文庫)

昭和ジュークボックス (ちくま文庫) 作者: 森 まゆみ 出版社: 筑摩書房 メディア: 文庫

この記事へのコメント

  • そらへい

    確かに私も90年代頃から疎遠になった気がします。
    子供たちが聞いていたタイトル名かグループ名か分からない
    横文字を覚えるのに苦心、やっと覚えたと思ったら
    流行はもう変わっていたりしました。
    我々の子供の頃と違って、日本中が同じ歌を歌ったりすることは
    もうほとんどないのでしょうね。
    細分化、多様化し、それぞれでは昔と変わり無い熱狂が
    展開されているようです。
    2023年03月07日 19:57
  • 爛漫亭

    そらへいさん、時代はめぐる、ですね。フォークだ
    ロックだといっていたころ、当時の大人たちは、これが
    唄かと思ったでしょうね。
    2023年03月07日 20:56
  • tai-yama

    スーパーとかでも曲が流れなくなったのが大きいかも・・・・
    昔はスーパーとかでも流行曲は普通に流れていましたし。
    2023年03月07日 23:17
  • yoko-minato

    子どものころに聞いた歌はいつまでも心に
    残っています。
    最近の歌は難しくて覚えられません。
    2023年03月08日 07:07
  • 爛漫亭

    tai-yamaさん、そうですね、いろんんな所で流行歌が
    かかっていて、曲の寿命も長かったので、自然に覚えまし
    たね。
    2023年03月08日 08:58
  • 爛漫亭

    yoko-minatoさん、そういえば最近の曲はメロディーが
    複雑で、しかも、どれを聴いても同じように聞こえますね。
    とても口ずさんだりできません。
    2023年03月08日 09:09