春の蕪村

 我が家の周りでも桜が咲き始めました。春本番といった感じです。わたしは3月始めから腰痛に悩まされ、あまり出歩けないので、『蕪村句集』*を取り出し、「春之部」を繰って、与謝蕪村の表現した春を楽しみました。    菜の花や鯨もよらず海暮(くれ)ぬ  菜の花と鯨の取り合わせとは、紀伊半島か外房のイメージなのでしょうか。太平洋を望む菜の花畑の夕景が鮮やかです。    うつゝなきつまみごゝろの胡蝶(こてふ)哉(かな)  飛び始めたモンシロチョウなのか、摘んでみたものの力の入れ具合がおぼつかなく儚げです。    旅人の鼻まだ寒し初ざくら  桜の咲き始めたごろの大気を捉えています。芥川龍之介の「水涕(みづばな)や鼻の先だけ暮れ残る」に影響しているかも知れません。       花に暮(くれ)て我家(わがいへ)遠き野道かな  桜を愛で、求めて歩いているうちに、つい遠くまで来てしまったという自嘲じみた感慨。桜ならではの春の一日。    はるさめや暮(くれ)なんとしてけふも有(あり)    うたゝ寝のさむれば春の日ぐれたり    遅き日のつもりて遠きむかしかな  日の永くなった春の一日、春雨が降ったり、ふと、うたた寝をしたり、こんなふうに日が過ぎてゆくのだなぁと、春の日暮れに思い出に耽ったりする。    けふのみの春をあるいて仕舞(しまひ)けり  行く春を惜しむように、今年の春を味わい尽くすように、歩き巡る。歳を取れば季節も一期一会と言えるかも知れませ…

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世界のゆくえ

 昨年末の毎日新聞の書評蘭、2024年「この3冊」にエマニュエル・トッド『西洋の敗北』(文藝春秋)が取り上げられていました。このフランスの人口・家族人類学者の本は一昨年に『我々はどこから来て、今どこにいるのか?』を読んで、家族制度から歴史を観るという視点が斬新で、読後には世界の見え方が一新された気がしました。  『西洋の敗北』は昨年11月に出版されたのですが、1月に米国トランプ大統領が就任し、矢継ぎ早に施策を発表する中で、日々、読んでいると、世界は E.トッドが書いている方向に進んでいるように思えてきます。彼はなぜ「西洋の敗北」が必然なのかを、各国の家族制度、人口動体、人口構成の変化、高等教育を受ける比率などの詳細な分析から導きだしています。そしてロシアは超音速ミサイルが開発できた時点で、ウクライナ侵攻を始めています。  かって米国はWASP(白人、アングロ=サクソン系、プロテスタント信者)を主流とする国でしたが、現在は異なります。オバマ大統領は黒人ですし、バイデンはアイルランド系でカトリック、大統領候補だったハリスはジャマイカ・インド系です。人口構成でもヒスパニック、アジア系、黒人の比率が増え WASPの比率は低下しています。つまり米国社会の基礎であった勤勉で敬虔なプロテスタント精神が衰微しているのです。西洋キリスト教国では本来、土葬だったのが、火葬の率が増えているように、宗教の形骸化が進んでいるそうです。  今や米国は「物」を生産する国ではなくなっており、「金」で金を産みだす…

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日記を読む

 日記というのは後から読むと、書いた時の状況が推しはかられるものです。このブログもそんなものかも知れません。室町時代に20歳から81歳まで、61年間にわたる日記を残した三条西実隆(1455-1537)という公卿がいました。室町時代の暮らしや歴史を知る上で参考になる資料でしょう。  この日記を読み解いた原勝郎という人の『東山時代に於ける一縉紳の生活』という本があります。原は明治末から大正にかけて京都大学で西洋史を講じた先生だそうです。「縉紳」というのは身分の高い人という意味です。足利将軍の元で、公卿がどんな日常生活を送っていたのかが詳細に興味深く記されています。  わたしがこの本を読んでみようと思ったのは、ネットで「青空文庫」を眺めていて目に留まり、この本が『近代日本の百冊を選ぶ』(講談社)に取り上げられていたのを思い出したからです。  それは 1994年に出た本で、伊東光晴、大岡信、丸谷才一、森毅、山﨑正和の5氏が、<今読んで面白い名著を選んでいる。政治・経済・自然科学・文学・漫画にいたるまで、あらゆるジャンルに目配りしている。> と帯に記されているように、明治以来の百年間に出版された本から 100冊を選んで、その選考課程と本の内容を紹介したものです。 近代日本の百冊を選ぶ - 伊東 光晴 大岡信 丸谷才一 森毅 山﨑正和出版社 講談社 単行本  『東山時代の・・・』について山﨑正和はこんなふうに推薦しています。 <山﨑 (前略)筆致が実に幸せなんですよ。書かれている世…

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