1月は過ぎて
2月の声が聞こえて来ると、正月気分は無くなります。年々、正月の行事も消えていますが、昨年あたりから年賀状仕舞いの文面が目立つようになっています。ハガキの値上げを機にその傾向が広まったのでしょう。正月行事の簡素化はどこまで進むのでしょう?
わたしも段々、枚数が減っていますが、叔父、叔母、兄、いとこなどの親戚、かつてお世話になった先輩や同僚、親しかった同級生などに新年のご挨拶として出しています。
また年賀状を受け取ることで、お互いの無事が知れます。ほとんどが年1回の年賀状だけの付き合いになっていますので、賀状が無くなると安否不明となります。時に、かつての友人の奥様から年賀欠礼のハガキが届いて驚くことがあります・・・年賀状がなくなれば、そんな通知も来なくなります。
若い人たちはメールやLINEのやり取りでよい、儀礼的なことはしたくない・・・ということなのかも知れません。しかし年賀状には便利な面もあり、用も無いのにハガキや電話、メールは不自然ですが、賀状は気軽に送れます。
わたしが子供の頃、元日には父の勤め先の若い女性たちが、晴着を着て家へ年始の挨拶に訪れていました。普段、振袖など見たこともなかったので、女性たちの艶やかな姿や笑い顔が印象に残っています。わたしが仕事し始めた頃でも、仕事始めの日はちょっと仕事をして、後は年始の集まりなどで、寿司でも摘みながら歓談して過ごしました。街には晴着姿の方も見かけました。仕事始めから普通に働くようになったのは、90年代になってからと思…
