春の蕪村

 我が家の周りでも桜が咲き始めました。春本番といった感じです。わたしは3月始めから腰痛に悩まされ、あまり出歩けないので、『蕪村句集』*を取り出し、「春之部」を繰って、与謝蕪村の表現した春を楽しみました。    菜の花や鯨もよらず海暮(くれ)ぬ  菜の花と鯨の取り合わせとは、紀伊半島か外房のイメージなのでしょうか。太平洋を望む菜の花畑の夕景が鮮やかです。    うつゝなきつまみごゝろの胡蝶(こてふ)哉(かな)  飛び始めたモンシロチョウなのか、摘んでみたものの力の入れ具合がおぼつかなく儚げです。    旅人の鼻まだ寒し初ざくら  桜の咲き始めたごろの大気を捉えています。芥川龍之介の「水涕(みづばな)や鼻の先だけ暮れ残る」に影響しているかも知れません。       花に暮(くれ)て我家(わがいへ)遠き野道かな  桜を愛で、求めて歩いているうちに、つい遠くまで来てしまったという自嘲じみた感慨。桜ならではの春の一日。    はるさめや暮(くれ)なんとしてけふも有(あり)    うたゝ寝のさむれば春の日ぐれたり    遅き日のつもりて遠きむかしかな  日の永くなった春の一日、春雨が降ったり、ふと、うたた寝をしたり、こんなふうに日が過ぎてゆくのだなぁと、春の日暮れに思い出に耽ったりする。    けふのみの春をあるいて仕舞(しまひ)けり  行く春を惜しむように、今年の春を味わい尽くすように、歩き巡る。歳を取れば季節も一期一会と言えるかも知れませ…

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クラリネットはやさし

 クラリネットの音色はほのぼのとした懐かしい響きがあります。こどもの頃、チンドン屋さんが「美しき天然」のメロディを吹きながら、ドサ回りの演劇の宣伝をしていたのを覚えています。すこし大きくなってからはベニー・グッドマンの演奏する「二人でお茶を」などの曲が耳に残っています。クラリネットは1700年ころに出来た楽器だそうです。  晩年、58歳になったブラームスはクラリネットの名手、ミュールヘルトに出合い、魅了され、クラリネットのための曲を作曲しました。「クラリネット五重奏曲」、「クラリネット三重奏曲」、「クラリネット・ソナタ第一番、第二番」です。哀愁を帯び、諦観に誘われるような曲想が高齢者には馴染みやすく、クラリネットの哀感のあるほの暗い音色に相応しく、聴き惚れてしまします。  3月になってから、腰痛に悩まされているのですが、横になってクラリネットを聴いていると、患部にも優しく響くようで、心地よく過ごせます。最近は、ブラームスの室内楽曲が好みになったようです。    ブラームス「ピアノ、クラリネット、チェロのための三重奏曲」

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世界のゆくえ

 昨年末の毎日新聞の書評蘭、2024年「この3冊」にエマニュエル・トッド『西洋の敗北』(文藝春秋)が取り上げられていました。このフランスの人口・家族人類学者の本は一昨年に『我々はどこから来て、今どこにいるのか?』を読んで、家族制度から歴史を観るという視点が斬新で、読後には世界の見え方が一新された気がしました。  『西洋の敗北』は昨年11月に出版されたのですが、1月に米国トランプ大統領が就任し、矢継ぎ早に施策を発表する中で、日々、読んでいると、世界は E.トッドが書いている方向に進んでいるように思えてきます。彼はなぜ「西洋の敗北」が必然なのかを、各国の家族制度、人口動体、人口構成の変化、高等教育を受ける比率などの詳細な分析から導きだしています。そしてロシアは超音速ミサイルが開発できた時点で、ウクライナ侵攻を始めています。  かって米国はWASP(白人、アングロ=サクソン系、プロテスタント信者)を主流とする国でしたが、現在は異なります。オバマ大統領は黒人ですし、バイデンはアイルランド系でカトリック、大統領候補だったハリスはジャマイカ・インド系です。人口構成でもヒスパニック、アジア系、黒人の比率が増え WASPの比率は低下しています。つまり米国社会の基礎であった勤勉で敬虔なプロテスタント精神が衰微しているのです。西洋キリスト教国では本来、土葬だったのが、火葬の率が増えているように、宗教の形骸化が進んでいるそうです。  今や米国は「物」を生産する国ではなくなっており、「金」で金を産みだす…

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